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因幡めぐりの旅

第6回 鹿野往来

 『人通りは、ない。通りは水の底のようにしずかで、ときどき京格子の町屋や、白壁に腰板といった苗字帯刀身分の屋敷などが残っている。ぜんたいに、えもいえぬ気品をもった集落なのである。』
 作家・司馬遼太郎の名著「街道をゆく 因幡伯耆の道」の中でこのように書かれている鹿野往来。風が少し冷たくなり始めた11月、えもいえぬ気品をもった鹿野のまちなみを散策してきました。

上:鹿野城天守跡からの眺望 左下:鹿野城跡公園 右下:亀井武蔵野守茲矩墓標

 鹿野往来は、古くから因幡と伯耆地方を結ぶ街道として栄えてきました。鹿野往来が通る鳥取市鹿野町は、戦国時代、亀井武蔵守茲矩(かめいむさしのかみこれのり)が鹿野城主となりました。その後、二代目政矩(まさのり)が津和野(今の島根県)にお国替えになるまでの37年間、城下町として整備され、そのまちなみは400年経った今でも当時の面影を残しています。

京風千本格子

 凛としたまちなみを魅せる「京風千本格子」。
 そして、釘を使わない「木組み」構造。この大工技術は、応仁の乱(1460年代)に京都山城地区から宮大工が戦乱を避けるために鹿野町に来たことから伝わったといわれています。

左:牛つなぎ・馬つなぎ 右下:足下行燈(あんどん)

 まちなみに沿うように流れる水路は、城主亀井茲矩によって造られ、当時のまま美しいせせらぎを奏でます。
 水路の淵には、藩政時代に設置されたといわれている牛つなぎ石・馬つなぎ石が残っており、鹿野往来が交通・商業の要地であったことがうかがえます。
  京風千本格子や白壁、水路などが織り成す気品高い「鹿野のまちなみ」は、鳥取県の「県民の建物百選」に指定されています。

上:夢こみち 下:鹿野ゆめ本陣

 このような歴史ある城下町の風情を残すため、地元と行政が協力してまちづくりを行っています。平成8年から町内会ごとに「まちづくり協定書」が交わされ、瓦の色や外壁、ガレージの外観などを決め、まち単位で色合いの統一が図られています。また、平成12年には「いんしゅう鹿野まちづくり協議会」が立ち上げられ、平成14年には藍染め体験や地元特産品の販売を行う「鹿野ゆめ本陣」が、平成16年には地元食材を使った食事処「夢こみち」がオープンしました。

虚無僧行脚(9月下旬)

 司馬遼太郎が魅せられた鹿野のまちなみ。
 今では、「鹿野祭り」(毎年4月中旬)や虚無僧行脚(2年毎9月下旬)をはじめとするさまざまなイベントが催され、風情あるまちなみに彩りを加えています。
  城主亀井氏が二代で造り上げた城下町は、決して大きなものではありません。しかし、この小さな城下町は400年経った今でも、生き続けています。
  「夢こみち」の「すげ笠弁当」を楽しみ、水路のせせらぎを聞きながら、この小さな城下町の壮大なロマンを感じてみてはいかがでしょうか。

わったいな祭り(コスモス園)
鹿野往来案内図

鹿野往来については下記のリンク先もご参考ください。

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